2014年05月13日

学問の神様・菅原道真の血統(4)道真 その1〜成功した学者として〜

菅原道真の系譜について調べて記事を書いていましたが、いよいよ、菅原道真本人についてです。

菅原 道真(みちざね)

先代・是善の三男で、従二位・右大臣と菅原家の中でもダントツの出世を果たした人です。平安時代の著名な学者であり、学問の神様として各地の天満宮に祀られています。実際の事績としては、「白紙に戻す遣唐使」で894年に遣唐使の廃止を建議し、実際に廃止が決定されたのが有名ですね。

そして大宰府への左遷。時の左大臣・藤原時平に(おそらく無実の罪で)讒訴され、今の北九州・太宰府の長官の職に左遷され、同地で生涯を終えました。左遷される際の「東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」という歌も有名ですね。その後、太宰府で恨みをのんで死んだとされ、その祟りを鎮めようと各地に神として祀られる事になりますが、覚悟の座った人は、厳しい運命もやがて受け入れるもの。あまり恨みに囚われていたと見てしまうと、道真公を矮小化する事につながるような……太宰府では「断腸」の想いを詩に書いているようですが、同じ詩に「恩賜の御衣 今此に在り 捧げ持つこと毎日 余香を拝す」ともあり、恨みと言うよりは、帝の恩寵を懐かしむ方向性が強いように思うのですが。(そもそも様式の整った漢詩を作る余裕があるならかなり冷静だよね、と思ったりします)
実際のところは、鬼神に変じる程に恨みに囚われていたとは、思われません。

ちなみに作品で言えば、小倉百人一首には「この度は 幣も取り敢へず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに」が収録されています。「旅に出るに当たって、旅の安全を祈願して道祖神に手向けるべき幣も用意できず、手向山の金糸銀糸織りのような紅葉を捧げます、神の御心のままに、お納め下さい」といったところでしょうか。百人一首は素人目にはなんでその歌を選んだんだか、良く分からない歌も多かったりするわけですが、この歌は重責を負い多忙の人であったはずの道真らしい(同時に、忙しさを理由に儀式をサボったりするところも見える)気がして、歌としてどうこうと言うより道真の人柄に触れられるように思い、私はわりと好きです。

上記のあたりが有名な話で、あとは高校生で真面目に日本史を勉強していると「阿衡の紛議」という事件を知っているかもしれません。時の権力者・藤原基経が天皇と対立し天皇を圧倒した事件ですが、道真の介入で基経がやや手を引く事で事件は収束し、道真が天皇の信頼を得て一気に権力の中枢に食い込むきっかけとなった事件です。
基経は天皇から関白(当時はまだこの呼び名は使われていなかったようですが)に任じられましたが、その際の詔勅に「阿衡」の役割を果たせ、とあったのを、ある学者が「阿衡とは古代中国の歴史上にある職名だが、名誉職で実権は無かった」と基経に告げ口し、基経が怒って政務を放棄したため政治は麻痺。天皇が自らの非を認めても尚、基経は機嫌を直さず、詔勅に「阿衡」と書いた詔勅起草者を流罪にしろと迫りました。まぁ、どう見てもまったくの言いがかりにしか見えない話ですね。学者間の出世競走で、詔勅起草者を陥れようとする動きがあったのだとか、いろいろ言われております。まぁ、基経本人にモチベーションが無ければ、ここまでの大騒ぎは起こさないでしょうから、やはり基経が自分の権力を盤石にするために起こした(あるいは利用して大事にした)騒ぎ、という事なのだと私は思います。
この事件の際に、讃岐守だった道真は「騒ぎをこれ以上大きくすると、貴方たち藤原氏のためにも良くないのでは」といった書簡を基経に送り、基経は説得され、詔勅起草者の流罪は求めないことにした、という話だそうです。たかが一国守の立場で中央の権力争いに介入し、なんと決着させています。以降、天皇の信頼が厚くなり出世を重ね、右大臣にまで出世します。
ちなみに、職名で言うと太政大臣がトップで、次が左大臣、No.3が右大臣です。ただし道真公が右大臣になった際は太政大臣は空席ですから、右大臣は繰り上がってNo.2。しかもNo.1の左大臣は若年の藤原時平だったため、上皇から「時平に顧問をつけろ」とアドバイスがあっての右大臣就任でした。左大臣と同格か、上席の右大臣、という感じがあります。
さらに付言すると、藤原氏や天皇家出身でなく大臣にまでなる事は稀であり、学者から立身して大臣となったのは、ウィキペディアの記述を借りれば「近世以前では、吉備真備と菅原道真のみ」とのこと。

実はこの記事には書かなかった様々な背景もあるのですが、とにかく彼が天皇に重用されたことをはじめとして、時の最高権力者であった藤原基経など、実に多くの権力者たちから一目置かれ、またその発言によって政治や政局が大きく動く、一級のVIPであったことは間違いありません。このような影響力の背景には、優れた学識と文才、そして時の権力者にも堂々と意見する胆力によって天皇の信頼を得たこともありますが、同時に彼の元には多くの学生が集まっており、ひとつの学閥を形成して朝廷を支える多くの優秀な官僚を輩出していた事も見逃せません。彼は私塾を開いており、そこから朝廷に多くのスタッフが送り込まれていたようです。

と、以上、右大臣にまで立身出世した「学者中のスーパースター」としての道真の肖像を、ザッとご紹介しました。
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2013年06月26日

学問の神様・菅原道真の血統(3)是善

勉強の神様といえば、菅原道真ですが、その家系についてしばらく前から書き綴っています。前回の投稿から随分間が空いてしまいましたが、その続きを書きます。ただ、今日の人は書くことがあまり無い。


菅原 是善(これよし)

先代清公の四男にして、道真の父。父の清公と同じく従三位にのぼり、上級貴族である公卿に列しています。
世俗の事柄に興味が薄く、仏道に深く帰依して殺生を好まず、花鳥風月を詩に詠んだ……といった性格描写が為されるのですが、なんというか聖人君子を絵に描いたみたいな人物評で、なんだか存在感が無いというか。平安朝における業績としては、文章博士として数多くの文書を起草したのはもちろん、『貞観格式』の編纂に関わった……とあるんですが、これもどんな関わり方をしたのか?? 具体的な話が見えて来ない。正直、詩の世界を浮遊しているような人で、文才はあったけれどその他の事についてはあまり何もしなかった人ではないか……というような気がしてしまうのですが。

それでも家の伝統はきちんと息子の道真に伝えた。父の清公が起こした私塾「菅家廊下」も道真の代に伝わり、引き続き多くの若い学者達を教育する役目を果たします。
歴史上の多くの組織に見られる事ですが、二代目って霞むんですよね。むしろ、下手にカラーを出しすぎずに、無事に初代の個人的業績を組織的な、伝承可能なものに変換していくのが二代目の役目という事なんだと思うのですが、清公を上級貴族菅原家の初代と捉えれば、是善もまた、霞んでいるけど実は大切な役割を果たした、二代目だったのかも知れません。菅原家の伝統と言う観点からは、必要な存在だったかもしれない、と。
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2013年05月29日

学問の神様・菅原道真の血統(2)清公

勉強の神様といえば、菅原道真ですが、その家系についてしばらく前から書き綴っている、その続きです。

菅原清公(きよきみ)
菅原家の二代目にして、学問の神様・道真の祖父に当たる人。初めて「菅原」という性を名乗った初代・菅原古人の四男にあたります。この人こそは、菅原家を上級貴族の一角に押し上げた人であると言えそうです。

そもそも菅原家は古人の時から、漢文学・中国史を専門とする家柄です。そして当時の学問機関・大学寮においては、漢文学・中国史を教える「文章道(もんじょうどう)」よりも、儒学思想を教える、言ってみれば哲学に当たる「明教道(みょうぎょうどう)」が中心であり、後に政治学に相当する「明法道(みょうぼうどう)」と、文学・歴史学に相当する「文章道」(紀伝道とも……用語の事は端折ります)が、「明教道」を補佐するものとして設置されました。

しかし、菅原家の得意とする「文章道」は、清公の時に、大学寮の中心としての地位を奪います。文章道の教官である文章博士は、漢文のプロとして、天皇をはじめとする権力者の発する各種文書の執筆に関わり、権力者と直接話合いの機会を持つ相談役とも言うべき役割を担うようになったためです。既に大学寮の長官である「大学頭(だいがくのかみ)」を文章博士が兼任した事はありましたが、清公の時に文章博士の位階が明教博士を飛び越し、「従五位下」となります。「五」以上か「六」以下かによって、天皇の住まいに昇殿できる者、すなわち「貴族(あるいは殿上人…てんじょうびと)」かどうかが分かれるので、これは大きな事でした。大学の中で、清公の務める文章博士だけが、「貴族」の仲間入りを果たしたのです。なお、清公自身は晩年に従三位まで昇進し、上級貴族である「公卿(くぎょう あるいは上達部…かんだちめ)」の仲間入りを果たします。

また、清公の時から菅原家の廊下に、清公の個人的な指導を受けるために若い学生が住み込むようになり(当時の間取りでは廊下は雑魚寝風に人が居住することができる場所だったとか)これを「菅家廊下(かんけろうか)」と呼び、私塾として大きく発展するのだとか。

また、ウィキペディアの記述によれば、日本人の名前の付け方を刷新したのも彼なのだそうです。それまで為されていた「○○麻呂」といった名前の付け方を廃し、中国風に漢字二字(ただし主に訓読み)で名前を付けることを提案し、実際そのようにされたようです。いま明日の受講生の名前をザッと見たら、全員が漢字二字の名前ですが、両方訓読みは5人に1人かな……というところ。今では音読みを混ぜる事が多い気がしますが、それでも二字の名前は主流であり続けていますね。(日本風の名付けの伝統を消してしまったという見方も出来ますが……)女子は「○子」と漢字一字+子のスタイルを提案。これも、率はかなり減っていそうですが、まだまだ現役の命名スタイルですね。

ちなみに、若い頃には空海・最澄と一緒に、第18回遣唐使として渡唐したとか。ウィキペディアの「遣唐使」の項目にある主な渡唐者リストには載っていませんが、載せといてくれなきゃぁ。
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2013年05月11日

学問の神様・菅原道真の血統(0)概観

古典や日本史で紹介される『十訓抄』という作品に「菅三位(かんさんみ)」と呼ばれる漢詩に長けた人物が登場します。「菅三位」というのは「従三位・菅原文時(すがわら の ときふみ)」のこと。菅原道真(みちざね)の孫に当たる人物です。道真は晩年は反逆者の汚名を着せられて太宰府に流され、やがて祟りをなす神として恐れられるようになった人なのですが、孫の代には既に、貴族としての地位をかなり回復しているんですね。

というわけで、菅原家の血筋を調べ、ここにまとめています。今回は「まず全体の見取り図があるべきだな」と気付きまして、ざっと眺め渡します。「菅原」という姓を初めて名乗った菅原古人(ふるひと)以下、菅三位こと文時まで、6代の菅原がおり、みな文章博士・大学頭を務めています。なお、みな一人ずつしか男子がいなかったとか、ここに紹介する全員がその上の人の長男とかいうわけではなく、一族(兄弟)の中で際立った高位にあった人だけ紹介しています。

菅原古人(従五位下)
……菅原という姓の一代目。大学者だったけれど生活に疎く、たぶん貧乏。道真の曾祖父。

菅原清公(従三位)
……文章博士の地位を大学寮内で最高に引き上げる。日本人の名前の付け方から「○○麻呂」みたいな古いスタイルを放逐。女子の名前は「○子」というスタイルを定着させた。菅家廊下の創始者。道真の祖父。

菅原是善(従三位)
……「貞観格式」編纂に関与したようですが、俗世の事柄に興味が薄かったとか。おじいちゃん(古人)似か?道真の父。

菅原道真(従二位・右大臣)
……現在は学問の神様として各地の天神社に祀られる人。学者から大臣になった人は、近世以前ではこの人と吉備真備の二人だけ! 菅原家でズバ抜けて出世し、また左遷の憂き目にあった人。

菅原高視(従五位上)
……父・道真の左遷に伴い土佐介(とさのすけ 現在でいう高知県の副長官)に左遷され、後に帰京して大学頭に復職するも、38歳で夭逝。

菅原文時(従三位)
……菅三位、菅三品(かんさんぼん)とも。時の高官達がこぞって文章の指導を受けようとしたとか。道真の孫。

なお、文時より後には三位(ここから上は「公卿」と呼ばれるので、四位との差は大きい)までのぼる人は少なく、清公から道真までの間が、学者が朝廷内で強い力を持った時代だったという事になるでしょうか。文章博士はもともと大学寮で漢文学の講義をする役職でしたが、文章のプロフェッショナルとして天皇や時の高官達と命令文書の作成等に際し直に相談を受ける事が多かったため、権力の中枢に食い込む事になったのだとか。しかし、徐々に時代は変わり、いよいよ藤原氏以外が公卿になることは難しくなり、また武士達が台頭して土地の支配権や軍事力がものを言う時代になっていきます。
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2013年05月05日

学問の神様・菅原道真の血統(1)古人

私の手元にある古典の問題集に、『十訓抄』という作品からの引用があります。「菅三位(かんさんみ)」と呼ばれる漢詩に長けた人物の没後、その邸宅だった場所で、菅三位を偲ぶ会が催されます。その会の最中に現れた、身分の低そうな老尼が、列席した貴族達の言っている事に誤りがあると言い出しますが……もともと大東文化大学の過去問で出題された様子。『十訓抄』は世俗的な教訓をまとめた説話集です。

さて、そこで思ったのですが、この「菅三位」とは何者でしょう。問題の解説には「従三位・菅原文時(すがわら の ふみとき)」とありますが、菅原と言えば、菅原道真(みちざね)の名が思い浮かびます。道真も漢学の学識でもって朝廷に仕えた人ですから、恐らく一族でしょう。そこで調べてみると、道真の孫とのこと。道真は晩年は反逆者の汚名を着せられて太宰府に流されており、死後しばらく経つと、逆に祟りをなす神として恐れられるようになった、なかなか問題のある血筋なのですが、孫の代には既に、貴族としての地位を回復しているんですね。

ついでに調べたところによると、「菅原」という姓が誕生したのは道真の曾祖父、菅原古人(ふるひと)の時だそうです。それまでは「土師」を名乗っていたのを、居住地にちなんで「菅原」と改姓。この人の時から漢学に優れた家柄だったようで、ウィキペディアには「文章博士・大学頭を歴任し、侍読を務めた」とあります。「大学頭」は「大学寮」の責任者で、「大学寮」は官僚育成機関ですから(社会構造が違うので比較は出来ませんが……)昔の東京大学みたいなもんでしょうか。「文章博士」は、いわば文学部・史学部教授か、あるいは学部長か……つまり古人は東大総長・文学部・史学部長といったところでしょうか。「侍読」はエラい人の家庭教師です。このへんの職務は、この後、菅原家が独占します。

なお、ウィキペディアによれば古人は「学問以外の事には無頓着」で、きっと家族にマトモな生活をさせられない人だったのでしょう。「朝廷からの援助を受けていた」とのこと。そんなダメ人間の父を見て育ったせいでしょうか。古人の子、菅原清公(きよきみ)はしっかりした人だったようで、道真につながる、菅原家の繁栄を築きます。

というわけで、少しずつ菅原家の家系について、書き綴ってみようかと思います。
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2012年11月06日

チョコレートとブルーム現象

塾長の松尾です。
今日はクダラナイこと、書きます。

ジュクチョーはチョコレートが好きで、気に入っているチョコレート(カカオの香りがガッツリするのがいい!)が安いと、まとめ買いします。それで、ときどきまとめ買いしたのをどこかにほっぽって、稀にそのまま存在を忘れます。都立高校入試の国語で出題された小説に、飼っていたリスがエサにやったナッツを大事にどこかに隠して、それをそのまま忘れちゃう、という話がありましたが、そんな感じです。

そうして忘れられて一夏を経たチョコレートを先日発見しました。開けたら表面が白ちゃけて、粉をふいたようになっている物もあり、「うわー黴びとる!」と思ったのですが、いや待てよ……そういえばチョコレートには、表面が白くなる現象があると聞いた事があるな。調べてみよう、とネット検索してみました。
それで出てきたのがブルーム現象です。ご存知の方も多いかと思いますが、夏の暑さなどで一度溶けたチョコレートが固まるとき、油分が表面に出て結晶化することで発生するとの事。粉をふいたようになる場合もあるそうです。(これは知らなかった!)ちなみに、チョコレートは水分が少なすぎるから、カビが繁殖する事はまず無いそうで。ブルーム現象の起きたチョコレートは、食べても問題ないけれど、チョコレートの美味しさは失われてしまっているそうです。

そんなわけで食べても大丈夫!と口に入れたのですが、本当に美味しくない(笑)
面白かったのですが、まず固さがまったく違うのです。パリパリになっている。落としたらパリンと割れそうな、硬質な感じです。口溶けと言うものがありません。口の中でパリパリと砕けます。そして、肝心の香りがすっかり飛んでしまっている。残念な事をしました。でも良い経験になりました。顕微鏡が手元に無くて油脂の結晶を観察できなかったのが心残りです。
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2012年10月06日

水の硬度

先日生徒が飲んでいるミネラルウォーターをふと見たら、硬度がいくらと書いてあり、「硬度がドカンと目立つように書いてあるくらいなら硬水というヤツだろう」などという無根拠な判断のもと「ふーんこのブランドは硬水か」と呟いたら、「いや、これは軟水だ」と、なんと生徒に訂正されました。雑学者の端くれたる者、高校生ごときに雑多な知識を訂正されるとは不覚!(笑)

それで勉強したのですが、硬度が60未満が軟水、120以上は硬水で、そのあいだは中くらいの水(中硬水というそうです)また180を超えるものは「非常な硬水」と呼ばれるそうで、あまり硬度が高すぎると飲用に適さないそうですから、非常な硬水なんて飲めないだろうと思ったら、コンビニでも見かけるevianは300以上だそうで。

なお、日本で用いられる硬度の単位はアメリカの単位を輸入したもので、カルシウムとマグネシウムの塩の質量(ただし全ての塩を同じモル数の炭酸カルシウムの質量に換算して用いる)で測るそうですが、鉱泉水にマグネシウムとカルシウム以外のミネラルは含まれていない、とは言えないでしょう。含まれている例が珍しかったり、ごく少量にとどまることが多いのかもしれませんが…ちょっと乱暴と言うか、これで水同士の硬度を比べておけば大過無いだろう、みたいな大雑把さを感じました。国によってはもっと大雑把で、イギリスやフランスでは炭酸カルシウムだけの量を測って硬度として用いるそうです。(マグネシウムは無視!)
つまり、あんまりキチンと学問的に突き詰められていないという事ですね。飲んで深刻な健康被害を引き起こさなければ、それぞれ気に入った水を飲めばいい、で問題ないのでしょう。健康被害が報告され始めたら、基準が設定されるようになるのかもしれません。公的な基準とか法律というのは、そういうものですね。

なお、私は未だに「水を店頭で購入する」という発想に馴染めず(貧乏性でどうせなら付加価値の高そうなスポーツドリンクとかを買いたくなってしまう…本当に付加価値が高いかは謎ですが)ミネラルウォーターというものを、ほとんど買ったことがありません。しかし水道水は大学生の頃に安いアパートに住んでみて、あまり綺麗だと期待してはいけないと思うようになり(東京都は水道水は綺麗だと宣伝していますが、いくら東京都がキチンとしていても、東京都の管轄外の私有部分の水道管が劣化していたら水道水の品質は保証できないし、現に古い建物のしばらく使われていなかった蛇口からは濁り水が出ますね)自分で納得行くまで掃除できる単純な構造の浄水器がベストであるというのが、今の私の結論です。
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2012年09月22日

大学に進学する前に

練馬から教育で世界を変える!
石神井公園の個別指導塾FORWARD塾長、松尾直樹です。

先日、思想関連の術語をひとつ、どんなニュアンスだったかなぁとネット検索しておりましたら、たまたま早稲田大学で行われた講義の講義録らしきものを見つけました。ざっくばらんに語られていて、非常にわかりやすくて助かったのですが、そこに記されていた学生との質疑応答に、ふと意識が向きました。

「ある種の自己認識は近代に特有のものだと先生はおっしゃったが、夏目漱石の作品などを読むと、そのような自己認識は昔からあったものなのではないか」といった内容の質問でした。恐らくこの学生は、「近代」というものが分かっておらず、漠然と自分の感覚で「昔」と「昔じゃない(近代?現代?さいきん?)」を分けており、漱石は「昔」だったのでしょう。一橋大学の過去問に取られている文章の中で、ある歴史学の先生が「ある時期から学生の歴史離れが始まった。豊かな時代に生まれて過去を過去として振り返る必要性を感じず、『むかし』という言葉で過去を自分と切り離し、斬り捨ててしまう」と嘆いておいででしたが、奇しくもこの学生は「むかし」という言葉を使っています。そういえば、僕が論文を指導している生徒の一人も、「むかし」を使っていたなぁ……

しかし、日本の場合、明治以降(西洋思想が流入した時代)が近代で、漱石はその先駆けの一人としてイギリス留学もした、日本の近代を代表する知性です。天下の早稲田大学で思想の授業を受けるのに、ザックリとした時代区分も把握できていないと、せっかくの講義もあまり吸収できないでしょう。

「天下の早稲田」と書きましたが、早稲田だろうが慶応だろうが東大だろうが京大だろうが、いろいろな学生がいて、中にはこういう、真面目だけれど無知な学生というのは、特に大学一年時にはいるものです。ですから、天下の早稲田でこんな低レベルの質疑応答が!などと騒ぐ事ではありません。
が、それとは別の、この学生個人の問題としては、このように用意が不十分な状態で大学に通うのは残念な事です。大学の先生との知性の差が開きすぎていて、講義の面白さが感じられないでしょう。

思想に限らず、文学でも社会学でも経済学でも、数学でも物理学でも工学でも化学でも生命科学でも、大学で学ぶ前に、このくらいは勉強していないと話についていけない、というラインがあるものです。それはある程度は大学入試で確認されるわけですが、必ずしも十分に確認されるわけではありません。

私もまた、かつて不勉強なまま大学に進学してしまった人間の一人としての悔悟も込めた言葉ですが、こういう事例を見聞きすると、残念に思います。高校でもっと多くの幅広い知識と出会えていれば、世界が変わるとは言わないまでも、大学というものの在り様、学ぶという事の姿は、だいぶ変わるのではないかと思うのですが。
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2012年07月03日

スモモは本当に桃のうちか?

お久しぶりです!事務局スタッフの はたあゆ です。

さて、本日も雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、 スモモ についてです。
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『 スモモは本当に桃のうちか? 』

「すもももももももものうち」って言いますよね。
「スモモも、桃も、桃のうち」ですね。
そこで問題。ほんとうにスモモは桃の一種か。

 「スモモ(酸桃・李・plum)」
 バラ科サクラ属スモモ亜属のうちのスモモ類(英名プラム)
 の総称で、約30種があり、このうち十数種が果樹として
 栽培利用されている。落葉性の低木または中高木で、
 アジア、ヨーロッパ、北アメリカに分布する。

 「モモ(桃・Prunus)」
 バラ科サクラ属モモ亜属の落葉性小高木。中国原産。

はーい残念。スモモ類は「バラ科サクラ属スモモ亜属」で、
桃は「バラ科サクラ属モモ亜属」でーす。
スモモが「モモ○○」という種族名に分類されることはない。
別の亜属です。
あれ? でも「桃」って英語は「peach」では???
Prunusという単語はジーニアス英和辞書にも載っていません。

……と思ったら、これは学名ですね。
Prunus xxxx xxxxと三つくらい名前がくっついて、
様々な桃の種を示すようです。
Prunus以下は、種によって違ってしまう。
だからPrunusとだけ書いてある。
「サクラ」もPrunusとだけ書いてありました。

 「スモモ−食品」
 日本スモモは可食部100g中にカロチン48マイクログラムを
 含む。そのほかは栄養的にはみるべきものは少ないが夏の
 生果物として貴ばれる。缶詰やプラム酒にもされるが、
 ペクチン含量が多いのでジャムやゼリーに適している。
 プラム酒は、焼酎(しょうちゅう)1Lにスモモ500g、
 砂糖150gを加えて漬け込む。ジャムは、生果一に対し砂糖
 0.7を目安とする。西洋スモモは乾燥果としての利用が多く、
 核をつけたまま乾燥しても良質の乾燥果の得られる品種を
 プルーンpruneといい、とくに需要が多い。この乾燥スモモを
 一晩水に浸してから甘く煮つめたものは洋菓子の飾りに
 用いられる。乾燥果の収率は品種や熟度によって異なるが、
 生果1.8〜3kgから1kgの乾燥果が得られ、
 10アールの栽培から500キログラムの乾燥果が期待できる。
 (飯塚宗夫)

ミキプルーンはスモモですか。
しかし、あの宣伝、なんか見ていて恥ずかしくなるんですけど、
なんででしょうね。



(『雑学大典』2005年07月20日 エントリーより転載)
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2012年05月26日

モノレールって何が良いの?

事務局スタッフのはたあゆです。
ご無沙汰していました。1年3ヶ月ぶりの更新となります。

以前と同様、松尾先生が過去に執筆しました記事の転載をしていきますので
また宜しくお願い致します。

では、雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、モノレール についてです。
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最近、多摩都市モノレールに乗る機会がありまして。で、思いました。
「なんで普通の電車にしないんだ? モノレールには普通の電車に無い利点があるのか?」
モノレールの中には、上から吊り下げられて走るタイプもありますが、多摩都市モノレールはつり下げられるタイプではなく、乗っかっています。ただレールの本数が少ないだけ。電車は二本ですが、モノレールは一本です。
でも、それで良いことがあるのか?

まとまりの良い文章を見つけられなかったのですが、いくつかのウィキペディア記事を見たところでは、電車が鉄の軌道上に鉄の車輪を乗せて走るのに対し、モノレールはコンクリート軌道上にゴムタイヤで乗ることができる。(鉄製軌道のタイプもあるみたいですが)
で、ゴムタイヤだから鉄タイヤと比べて騒音が少ない、摩擦が強いから傾斜がきつくても対応しやすい、等の利点があるみたいです。
素人目には似たり寄ったりに見える交通手段にも、いろいろ長所短所があるらしい。

ちなみに、多摩都市モノレールは営業上黒字は出ているものの、債務超過状態で金利負担が重く、破綻の危機を逃れるために支援を求めたりしていたようです。
(『雑学大典』2008年5月4日 エントリーより転載)
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2011年02月22日

「燐」とは何か?

こんにちは。事務局スタッフのはたあゆ です。

今日は暖かくて気持ちの良い日でしたね。
暖かいと気持ちも少し活動的で前向きになれる気がします^^

このまま春に突入してほしいです><

さて、本日も雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、 燐 についてです。
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『 「燐」とは何か? 』

リン(燐)という物質があります。
原子番号15番。元素記号は「P」
ヨーロッパ語では「Phosphorus」だそうです。

それはいいんですが、その物質を我々日本人は「燐」と漢字で書く。でも「燐」という漢字を発明した中国古代人が、原子番号15番のためにこの字を発明したとは、とても思えないわけです。
じゃ、この字は元々なんだったのか。



 「燐」
 声符は「リン(米の下にタとヰ「燐」や「隣」のつくりの部分)」
 「リン」は……聖所に人牲として磔されている者の形。

うぉう。生け贄としてはりつけにされた人間の形だそうですよ。
死体を表す形である、と。

なんでも、戦争で多くの兵馬が死んだ後、その血が長く曝されていると、やがてそれが光りだす。遠くから見ると火のように光る。それが「燐」だそうです。鬼火を表す字だとのこと……

ちなみに、燐という物質そのものは、ウィキペディアによれば

 1669年にブラント(H.Brandt)が錬金術の実験中に発見。
 ギリシャ語で'光をはこぶもの'という意味の
 「phosphoros」から命名された。

とのこと。確かに光るらしい。
(『雑学大典』2007年11月25日 エントリーより転載)
タグ: P 物質 リン
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2011年02月18日

誕生石は宝石屋の陰謀?

こんにちは。事務局スタッフのはたあゆ です。

最近一週間に一冊は本を読むことを目標にしています!
本をたくさん読んで、もっと言語力をつけたいという
気持ちが強くなってきました^^


そういえば小学生の頃、暇さえあれば好きな小説などをノートに丸っきり写すという気の長い作業をよくしていました。
先日その話を親としていたら
あの頃は国語の成績がよかったよね(´へ`;
と言われました...Σ(・口・)

自分ではあの時間はとても無駄だったなぁと
今でも思うのですが、やはり関係あるのでしょうか。
気になります...(・・;)


さて、本日も雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、 誕生石 についてです。
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『 誕生石は宝石屋の陰謀? 』

昨日「アレクサンドライト」なる宝石について調べたところ、
この宝石が6月の誕生石であると書かれていました。
しかし、こんな名前の宝石が誕生石の中にあったか?
いよいよ、検証であります。
国語辞典機能と百科辞典機能、両方でヒットしました。

 「誕生石」
 生まれ月にあてて定めた宝石。
 1月はざくろ石、2月はアメジスト、
 3月はブラッドストーン・アクアマリン、
 4月はダイヤモンド、5月はエメラルド、
 6月は真珠・ムーンストーン、
 7月はルビー、8月は紅縞瑪瑙(めのう)・かんらん石、
 9月はサファイア、10月はオパール、
 11月はトパーズ、12月はトルコ石。(国語辞典)

やっぱり、アレクサンドライトなんて書いてありません。

 「誕生石」
 生まれ月にちなんで定められた宝石。起源は、『旧約聖書』の
 「出エジプト記」に記されている、ユダヤ人高僧の胸に飾られた
 黄道十二宮をかたどる12の宝石によるとも、『新約聖書』
 「ヨハネ黙示録」の、新エルサレムの東西南北12の門の12の
 石垣の基礎石によるともいわれる。(平野裕子)

かなり起源が古いです。
アレクサンドライトは1833年に発見された宝石ですから、
これが誕生石に含まれているはずがありませんね。

 また生まれ月の星座に属する宝石を身につけていると、
 病気や災害を避け、幸運に恵まれるという占星術の信仰が
 母胎となって、18世紀ころからユダヤ人を中心にヨーロッパで
 一般化した。

18世紀といえば、イギリスで産業革命が起こり、
アメリカとフランスでは市民革命が起きた時代です。
人類が科学と啓蒙の時代に本格的に突入したと言えるでしょう。
そういう時期に、ポロリと呪術だの秘密結社だのが登場する。
面白いものです。

で……

 月々の宝石の定め方は、時代や民族によって異なるが、
 フランスのようにとくにそれを定めない国もある。1912年、
 まったく商業的な目的から、アメリカの宝石小売商組合は
 季節感や象徴的意味などを考慮して、新しい誕生石を選定した。

「マッタク商業的ナ目的」って……
つまり、いい加減なのか!!!
おい! アメリカ!

 1937年にはイギリスの貴金属商組合が、
 これに倣ってイギリスの誕生石を発表。
 今日の誕生石は、ほぼこの二つのリストが基準となっている。

おい! イギリス!!!

 日本ではこれを不服として、1958年(昭和33)全国宝石商
 組合が「日本の誕生石」を定めている。

日本まで……(滅)

 日本人好みを表現して、日本古来のサンゴを3月に、
 東洋の至宝であるひすいを5月に加えたものである。
 また合成宝石(シンセティック)の普及につれて、
 合成宝石による新誕生石も生まれ、宝石を選ぶ一つの
 手掛りとして一般に用いられている。

要するに誕生石って出鱈目なんですねぇ。
サンタクロースの衣装がコカコーラ社の宣伝ポスターによって
あのスタイルで一般化したのと同じですね。

まぁ、売り手も買い手も買ってもらった人も幸せなら、
いい加減だろうが商業主義だろうが、文句はない道理なのですが

(『雑学大典』2005年04月27日エントリーより転載)
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2011年02月07日

マグマはどこから来た?

こんにちは。事務局スタッフのはたあゆ です。

「雑学大典」の過去の記事に、火山に関するものがあったので、
転載してみようと思います。

世の中、知らない事が沢山ありますね。
普段見慣れている近くの山が、急に噴火したりしたら……
恐いです。

新燃岳の噴火、本当に、早くおさまるといいですね。

さて、今日のお話は、マグマはどこから来た? についてです。
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「マグマはどこから来た?」

地球って、中の方はドロドロのマグマなんですよね?
火山って、地球の中の方のマグマが噴出したものですよね?
そう信じていたんですよ。そしたらね、

 「火山(volcano)−火山活動と噴火−マグマの生成・上昇」
 マグマの生成や上昇の仕組みなどは、まだよくわかっておら
 ず諸説があるが、マグマは、地下約2900キロ〜5000キロ
 メートル前後を占める液状の外核に由来するのではなく、
 全体的には固体の地殻下部〜マントル上部(地下数十キロ〜
 数百キロメートル)で、温度と圧力の均衡が破れ、局所的に
 溶けて生じたらしい。(諏訪彰)

べ、別物だったんですか……

なお、地球の中の方がドロドロ、というのも不正確ですね。温度は高いけれど圧力も巨大だから、中心部は、いわゆる僕らが知っている固体とも趣が違うけれど、少なくともドロドロしてはいないかも。

 マグマは徐々に集合し、周囲の固体より密度が小さいので、
 浮力で割れ目に沿い、あるいは割れ目をつくって、しだいに
 上昇するらしい。マントル上部で生成した初生マグマ自身が
 上昇するのではなく、溶融状態が上方へ移動するという説も
 ある。つまり、マントル上部がポケット状に溶けると、その
 上方にある固体物質の溶けやすい部分も溶け、かつ、その
 溜り内で対流が生じ、底部にはマグマから晶出した結晶が
 沈殿する。結晶ができる際の潜熱で、その溜りの内部は加熱
 される。このようなことが反復されれば、マグマ・ポケット
 (溶融部分)は順次、上方へ移動するはずである。(諏訪彰)

もっと何だかいろいろあるらしいんですが、僕の手に負えない代物なので、こんなところで。「火山」全23000文字也。

(『雑学大典』2007年03月09日エントリーより転載)
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2011年01月31日

トーストの茶色は焦げではないのか

こんにちは。事務局スタッフのはたあゆ です!
最近冷え性対策グッズを集めるのにハマッています 。
しかしどれも全く効果がない......
(´;д;`)
何かお勧めのものがあったら教えてください (;_;)

さて、本日も雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、トーストの茶色は焦げではないのか についてです。
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「トーストの茶色は焦げではないのか」
ふと気づくと、ウィキペディアに「トースト」という項目がある。いろんな項目があるなーと思いつつ見てみました。

 トーストは、食パンを加熱し、表面を焦がしたものである。
 このとき表面が茶褐色になるのは、メイラード反応による
 ものである。トーストは朝食で食べられることが多い。

まて。
なんだ。その「メイラード反応」というのは。

 メイラード反応(メイラードはんのう、Maillard
 reaction)とは、還元糖とアミノ化合物(アミノ酸、
 ペプチド及び蛋白質)を加熱したときなどに見られる、褐色物質
 (メラノイジン)を生み出す反応のこと。褐変反応
 (browning reaction)とも呼ばれる。
 アミノカルボニル反応の一種であり、褐色物質を生成する
 代表的な非酵素的反応である。メイラード反応という呼称は、
 20世紀にルイス・メイラードがこの反応の詳細な研究を
 行ったことから名付けられた。

パンをトーストして茶色くなるのって、てっきり「少しこげている」んだと思っていたんですけど、どうも焦げる(炭化)とは別の反応のようで……知らなかった。

(『雑学大典』2007年09月16日エントリーより転載)
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2010年12月16日

ショートケーキって短くないよなぁ

こんにちは。事務局スタッフのはたあゆ です!
今朝はとても寒かったですね。さすがに朝風呂が厳しくなってきました(><)。

さて、本日も雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、ショートケーキ についてです。
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「ショートケーキって短くないよなぁ」
「ショートケーキ」と言えばイチゴかと思っていたのですが、季節がら町中にケーキがあふれ始めてみて、ふと気づくとイチゴじゃないフルーツが乗ったものも「ピーチショートケーキ」とかって名前で売っている。ふーん、ショートケーキってイチゴじゃなくてもいいのか。と言いますか、そもそもショートケーキとは何ですか。ウィキペディアを参照します。

 「ショートケーキ」ー日本式のショートケーキ
 イチゴショートケーキ
 日本では、スポンジケーキを土台に、ホイップクリームを
 つなぎと外装に、そしてイチゴを味付けに使ったものを
 「ストロベリーショートケーキ」といい、一般にはこれを単に
 「ショートケーキ」ともいう。イチゴ以外の食材を使ったもの
 は通常その食材の名を冠して、「バナナショートケーキ」
 「ピーチショートケーキ」などという。
 (中略)
 「スポンジケーキ+ホイップクリーム+イチゴのケーキ」を
 大正時代日本に紹介してこれを広めたのは不二家だが、
 発案者が誰なのかは伝わっていない。

つまり不二家発祥の「スポンジケーキ+ホイップクリーム+フルーツ」という構成が、「ショートケーキ」の日本における定義ですか。
いや、しかしですな。なぜ「ショート」が「ホイップクリーム+フルーツ」になるのか、まだよく分からない。
で、「日本式のショートケーキ」とある以上は、「日本式でないショートケーキ」もあるわけですね。

 「ショートケーキ」ーアメリカ式のショートケーキ
 アメリカ式ショートケーキの一例
 ショートケーキはそもそもアメリカ合衆国の庶民的な家庭菓子
 ショートケイク(shortcake)を日本風にアレンジしたもの
 である 。
 アメリカのショートケーキ (shortcake) は本来スポンジ
 ケーキではなく、「ビスケット」と呼ばれるパンとケーキの中間
 のようなものを土台にしている。これは…(中略)…外側は
 サクサクとして内側はふっくらとした食感のあるパン/ケーキ
 であり(形容詞 short には「サクサクしている」という
 意味もある)…(中略)…甘めに味付けしたビスケットを横半分
 に割って刻んで砂糖をふったイチゴを挟み、その上にさらに
 イチゴやホイップクリームをトッピングすることが多い。

手元のジーニアス学習英和辞典を引くと、確かにshortは「サクサクした、もろい、壊れやすい」という意味があるようです。「ショートケーキ」とは「さくさくケーキ」の意味なのですなぁ。
では、それが何処でどうしてスポンジしっとりケーキになったのか。日本人の勘違いなのか?
そうとも限らないらしい。

 日本にこのアメリカ式ショートケイクが紹介された当初、
 残念ながらそれは日本人の持つ「洋菓子=高級」という感覚に
 合致するものではなかった。そこで誰ともなしに (ただし
 不二家によれば不二家が最初に) スポンジケーキを
 ビスケットの替わりに使うようになったのだという。

この記述によれば、高級感を出すためにわざと取り替えたのであって、勘違いではないようです。
また、続けて以下のような記述も。

 なおアメリカでも、大都市や洗練された街のケーキ屋に限っては「スポンジケーキ+ホイップクリーム+イチゴのケーキ」のことをストロベリー・ショートケイクということがある。その由来には二説あり、アメリカでも誰かがビスケットのかわりにスポンジケーキを使ったところ好評でこれが定着したとするもの、日本式のショートケーキが逆輸入されてこれが外国文化の影響を受けやすい都市部に広まったとするもので、この両方とする説もある。なお、家庭でもビスケットの代わりにスライスしたパウンドケーキを用いることがあるが、日本のショートケーキとは全く形状が異なる。

また「フランス式」に関する記述もあり、フランス式もしっとり系だと書いてあります。
語源からはかけ離れた高級路線が世界の主流というわけか。
(『雑学大典』2007年12月09日エントリーより転載)
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2010年11月17日

突然ですがダンテの『神曲』

……突然ですが、ダンテの『神曲』の抄訳を読みました。

……突然すぎですね(^^;

まぁ、たまたまご縁があって、読んじゃったわけですね。松尾センセーが突然意味不明な事をし出すのは、よくある事です。


いやー面白かったです。話がポンポン飛んだりしますし、今の我々の感覚と外れてしまうところもあり、読みづらい部分もあるにはあるのですが、やはり名作として読み継がれるだけのパワーはあります。地獄・煉獄・天国の世界を視覚的なイメージも豊かに描き出した、傑作です。読んで良かったと思うし、高校生くらいの時に読みたかったですね……

ちなみに、今回読んだのは以下の本です。



ギュスターヴ・ドレという版画家が描いた挿絵を挿入し、谷口江里也さんという方(詩人……? とも限らないのかな)が訳をつくり、装丁や編集も凝った作りの、眺めるだけでも面白い本です。どちらかと言えば絵本に近いものです。絵と文字の分量比は、『星の王子様』と似たような感じですね。

いろいろと世の中には面白いものが沢山あるのに、私自身もそれに触れる機会を持てぬまま生きてきてしまっているし、子供たちにも紹介しきれません。こういう素晴らしい作品、面白いものに触れると、それを勿体ないと改めて思いますね……

読書教室とか、輪読会とか、余裕があったらやりたいですね。
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2010年11月13日

オルタナティブミュージックとは?

はたあゆ です!
今朝は寒かったので、朝から体を温めようと自宅から駅まで走ることにしました。
しかし、たった10分なのに汗だくになってしまい、その後の満員電車が辛かったです。(ノ◇≦。)
やはり、思いつきで行動するのは良くないですね。(^^;o)

さて、本日も雑学記事をアップロードします。
今日のお話は、オルタナティブミュージック についてです。
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「オルタナティブミュージックとは?」

音楽にはパープリンの松尾君、「オルタナティブミュージック」という言葉と出会ってつまずいた。「オルタナティブ」とは「代わりの」といった意味だったかと思いますが、何の代わりだと言うのか。どんな音楽なのか。

 オルタナティブ・ミュージック (alternative music)
 とは、現在の商業的な音楽や流行音楽とは一線を引き、
 時代の流れに捕われない普遍的なものを追い求める精神や、
 前衛的でアンダーグラウンドな精神を持つ音楽シーンの
 ことである。しばしばロックの一ジャンルとして
 思われがちであるが、厳密にはジャンルではない。

 オルタナティブ・ミュージックとは、ポップ・ミュージックの
 対義語として使用できるが、時代の流れやある種のメディア
 などによって過剰に取り沙汰され、メインストリーム、
 いわゆる、ポップ・ミュージックになってしまうこともある。
 その場合、オルタナティブ・ミュージックではないと言える。
 このどちらか一方が上がっているとき、どちらかは下がって
 いて、それらが常に入れ替わりながら続いていく関係という
 のは、美術の概念でいう「現代美術」と「前衛美術」の関係に
 非常に類似している点がある。

ちょっと最後のあたりの表現が拙くて、「この記事には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります」なんていう注記も付いていましたが……はてさて。
ともかく「本流に対するアンチテーゼを提出する」という方向性を持った音楽の事で、どんな形でアンチテーゼを提出するか、どんな音にするか、そのへんは、それこそ既存の概念に囚われる必要はないんでしょうね。
(『雑学大典』2008年11月02日エントリーより転載)
posted by FORWARD-ac at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学・教養

2010年05月26日

世界最初の原子炉の荒っぽいコントロール法

FORWARD塾長、松尾直樹です。
理科の勉強でwikipediaをブラウズしておりましたら
冗談みたいな話を見つけました……

シカゴ・パイル1号」という記事です。
(記事が削除されてしまったらごめんなさい)
人類史上始めて臨界状態に達した原子炉、だそうです。
まともに作動した一番最初の原子炉、ですね。

これが主要な素材にグラファイト(黒鉛)を使用していたそうですが、
その「炉心を構成する黒鉛ブロックは木枠で支えられ手積みで組み上げられた」
とありまして、木枠に手積みって……積み木のお城じゃないんだから!
と思った次第です。
いや、そのあとがもっと凄い。
原子炉の核分裂反応を止めるためには、制御棒と呼ばれる部品を
炉心に差し込むようになっているのですが(これは現在でも同じ)
その制御棒について、以下の記述が……

三本のカドミウム製制御棒を持っていた。
  うち一本は緊急停止用で、上からロープで吊るされており、
  異常があればロープを斧で断ち切って炉心へ落す仕組みだった。

斧で……そ、そんなんでいいんですか!?
炉心自体がかなり大きな代ものだったようなので、
実験を行う時は、いつもその上に斧を持った人が1人、
待ち構えていたんでしょうか。シュールだ……
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2010年02月19日

教育の機会

また間が開いてしまいました……
受験生からちらほらと、無事合格の報告が入っています。
まだもう少し気が抜けませんが(都立校は受験寸前!)
何とか、今年の受験は様子が見えてきています。

ところで、また些か難しい事を書いてしまいますが……
「教育の機会均等」という言葉があります。日本では、義務教育課程が全国民に保証されており、最低限度の教育の機会は守られている、という事になっています。

しかし、いろいろな生徒、いろいろな学校を見ていると必ずしも、教育の機会は均等ではないと感じてしまいます。
たとえば、ある私立中学では、入学者に一番最初の段階で英語の学習法について、非常に細かな指示が出されます。例えば、どの辞書が優れているか、いつまで使えるか案内があり電子辞書は初学者には向かないので禁止する旨等、周知されます。電子辞書は、私も成績優秀者以外はあまりお勧めできないと感じており正しい指導をしている、と感じ入った次第です。
が、どの学校でもこのような指導が行われているわけではないでしょう。

子供のおかれた環境によって、受けられる教育的配慮の内容がまったく違ってしまいます。それはもう、雲泥の差です。様々な背景をもつ子供たちを指導する者として、
環境に恵まれていない生徒には、それを埋め合わせられる適切な教育指導を行っていきたいと、強く感じます。

まあ、それを言ったら私がやっている事こそは、
有料の教育サービス提供であり、むしろ教育格差を広げる側ですが……この矛盾は、いずれまじめに考えたいと思っています。
今は、自分に出来る事から、です。
posted by FORWARD-ac at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学・教養

2008年12月14日

横文字言葉を調べる

目覚まし時計や携帯アラームに「スヌーズ」という機能があるんですが、正確には何を意味する単語かなと。
辞書を引いてみましょう。

「Snooze」
目覚まし時計などで、いったんアラームのスイッチを切ってもしばらく経つとアラームが鳴るようにする機能。
━━居眠り、うたた寝

なんとなくのべーっとした響きだと思っていましたが、正確な語義は「うたた寝」でした。なるほど。
posted by FORWARD-ac at 13:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学・教養