2013年05月29日

学問の神様・菅原道真の血統(2)清公

勉強の神様といえば、菅原道真ですが、その家系についてしばらく前から書き綴っている、その続きです。

菅原清公(きよきみ)
菅原家の二代目にして、学問の神様・道真の祖父に当たる人。初めて「菅原」という性を名乗った初代・菅原古人の四男にあたります。この人こそは、菅原家を上級貴族の一角に押し上げた人であると言えそうです。

そもそも菅原家は古人の時から、漢文学・中国史を専門とする家柄です。そして当時の学問機関・大学寮においては、漢文学・中国史を教える「文章道(もんじょうどう)」よりも、儒学思想を教える、言ってみれば哲学に当たる「明教道(みょうぎょうどう)」が中心であり、後に政治学に相当する「明法道(みょうぼうどう)」と、文学・歴史学に相当する「文章道」(紀伝道とも……用語の事は端折ります)が、「明教道」を補佐するものとして設置されました。

しかし、菅原家の得意とする「文章道」は、清公の時に、大学寮の中心としての地位を奪います。文章道の教官である文章博士は、漢文のプロとして、天皇をはじめとする権力者の発する各種文書の執筆に関わり、権力者と直接話合いの機会を持つ相談役とも言うべき役割を担うようになったためです。既に大学寮の長官である「大学頭(だいがくのかみ)」を文章博士が兼任した事はありましたが、清公の時に文章博士の位階が明教博士を飛び越し、「従五位下」となります。「五」以上か「六」以下かによって、天皇の住まいに昇殿できる者、すなわち「貴族(あるいは殿上人…てんじょうびと)」かどうかが分かれるので、これは大きな事でした。大学の中で、清公の務める文章博士だけが、「貴族」の仲間入りを果たしたのです。なお、清公自身は晩年に従三位まで昇進し、上級貴族である「公卿(くぎょう あるいは上達部…かんだちめ)」の仲間入りを果たします。

また、清公の時から菅原家の廊下に、清公の個人的な指導を受けるために若い学生が住み込むようになり(当時の間取りでは廊下は雑魚寝風に人が居住することができる場所だったとか)これを「菅家廊下(かんけろうか)」と呼び、私塾として大きく発展するのだとか。

また、ウィキペディアの記述によれば、日本人の名前の付け方を刷新したのも彼なのだそうです。それまで為されていた「○○麻呂」といった名前の付け方を廃し、中国風に漢字二字(ただし主に訓読み)で名前を付けることを提案し、実際そのようにされたようです。いま明日の受講生の名前をザッと見たら、全員が漢字二字の名前ですが、両方訓読みは5人に1人かな……というところ。今では音読みを混ぜる事が多い気がしますが、それでも二字の名前は主流であり続けていますね。(日本風の名付けの伝統を消してしまったという見方も出来ますが……)女子は「○子」と漢字一字+子のスタイルを提案。これも、率はかなり減っていそうですが、まだまだ現役の命名スタイルですね。

ちなみに、若い頃には空海・最澄と一緒に、第18回遣唐使として渡唐したとか。ウィキペディアの「遣唐使」の項目にある主な渡唐者リストには載っていませんが、載せといてくれなきゃぁ。
posted by FORWARD-ac at 23:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑学・教養

2013年05月17日

今月の日曜会(小学生の部)

練馬から教育で世界を変える!
石神井公園の個別指導塾FORWARD塾長、松尾です。

本日は、今月の日曜会のご案内です。
(といっても、もう明後日なのですが……)
今回は算数(整数論)をテーマに、お話をしようと思います。
パスカルの三角形、と呼ばれる有名な図形(?)について、見てみましょう。小学生でも自分で書けるとても簡単な図形ですが、驚くほど様々な意義が隠されています。一緒に、ごく単純な驚きを味わえたら、楽しいかなと思っています。

日は2013年5月19日。
15:00-15:10にお集まり下さい。
時間は、1時間〜1時間半を予定しています。
posted by FORWARD-ac at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 宣伝・告知

2013年05月12日

環境問題に関する啓蒙書の善し悪し

練馬から教育で世界を変える!
西武池袋線・石神井公園駅前の個別指導塾FORWARD塾長、松尾であります。

その西武池袋線に乗っていたら、子供向けの映画の宣伝を見かけました。わざわざ宣伝するくらいだと、有名なのか??と思ったら、普段からNHKで放映しているそうで。ザッとwikipediaで内容を見たところ、環境問題がひとつのテーマで、環境よりお金儲けを優先してしまう悪者が登場するとか。

ちょっと、違和感を感じました。環境問題というのは、我々全員が加害者であるような問題です。どこかに悪者がいて、自分たちは正義の味方として悪者を糾弾できる、という性質の問題ではない。まぁ、子供向けの環境問題に関する啓蒙書の多くが陥る問題なので、今さら目くじら立てる事でもない、という感じもあるのですが。

環境問題に関する啓蒙書(しかも子供を意識して読みやすいもの)の中では、古い作品ですが、あさりよしとお氏の「まんがサイエンス」第四巻が私は良い作品だと思います。何の罪の意識もない子供達(主人公達)が、環境問題の加害者、原因である、という点をきちんと明確に指摘しています。(しかも大人が見ても楽しい)



まぁ、もともと小学校高学年向けに書かれたものなので、NHKのアニメとは対象年齢がまったく違いそうですが……幼児教育は私の専門外なので、「10代にもなったら『悪者が環境破壊をする』では困る」とだけ主張しておこうと思います。
実は公立中高一貫校の過去問で、環境問題について子供の立場から大人を糾弾するような演説草稿が課題文として出た事があるのですが、上記の理由で非常に違和感を感じました。問題をあげつらうだけでなく、自省がなけりゃいけません。
posted by FORWARD-ac at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 教材について

2013年05月11日

学問の神様・菅原道真の血統(0)概観

古典や日本史で紹介される『十訓抄』という作品に「菅三位(かんさんみ)」と呼ばれる漢詩に長けた人物が登場します。「菅三位」というのは「従三位・菅原文時(すがわら の ときふみ)」のこと。菅原道真(みちざね)の孫に当たる人物です。道真は晩年は反逆者の汚名を着せられて太宰府に流され、やがて祟りをなす神として恐れられるようになった人なのですが、孫の代には既に、貴族としての地位をかなり回復しているんですね。

というわけで、菅原家の血筋を調べ、ここにまとめています。今回は「まず全体の見取り図があるべきだな」と気付きまして、ざっと眺め渡します。「菅原」という姓を初めて名乗った菅原古人(ふるひと)以下、菅三位こと文時まで、6代の菅原がおり、みな文章博士・大学頭を務めています。なお、みな一人ずつしか男子がいなかったとか、ここに紹介する全員がその上の人の長男とかいうわけではなく、一族(兄弟)の中で際立った高位にあった人だけ紹介しています。

菅原古人(従五位下)
……菅原という姓の一代目。大学者だったけれど生活に疎く、たぶん貧乏。道真の曾祖父。

菅原清公(従三位)
……文章博士の地位を大学寮内で最高に引き上げる。日本人の名前の付け方から「○○麻呂」みたいな古いスタイルを放逐。女子の名前は「○子」というスタイルを定着させた。菅家廊下の創始者。道真の祖父。

菅原是善(従三位)
……「貞観格式」編纂に関与したようですが、俗世の事柄に興味が薄かったとか。おじいちゃん(古人)似か?道真の父。

菅原道真(従二位・右大臣)
……現在は学問の神様として各地の天神社に祀られる人。学者から大臣になった人は、近世以前ではこの人と吉備真備の二人だけ! 菅原家でズバ抜けて出世し、また左遷の憂き目にあった人。

菅原高視(従五位上)
……父・道真の左遷に伴い土佐介(とさのすけ 現在でいう高知県の副長官)に左遷され、後に帰京して大学頭に復職するも、38歳で夭逝。

菅原文時(従三位)
……菅三位、菅三品(かんさんぼん)とも。時の高官達がこぞって文章の指導を受けようとしたとか。道真の孫。

なお、文時より後には三位(ここから上は「公卿」と呼ばれるので、四位との差は大きい)までのぼる人は少なく、清公から道真までの間が、学者が朝廷内で強い力を持った時代だったという事になるでしょうか。文章博士はもともと大学寮で漢文学の講義をする役職でしたが、文章のプロフェッショナルとして天皇や時の高官達と命令文書の作成等に際し直に相談を受ける事が多かったため、権力の中枢に食い込む事になったのだとか。しかし、徐々に時代は変わり、いよいよ藤原氏以外が公卿になることは難しくなり、また武士達が台頭して土地の支配権や軍事力がものを言う時代になっていきます。
posted by FORWARD-ac at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学・教養

2013年05月05日

学問の神様・菅原道真の血統(1)古人

私の手元にある古典の問題集に、『十訓抄』という作品からの引用があります。「菅三位(かんさんみ)」と呼ばれる漢詩に長けた人物の没後、その邸宅だった場所で、菅三位を偲ぶ会が催されます。その会の最中に現れた、身分の低そうな老尼が、列席した貴族達の言っている事に誤りがあると言い出しますが……もともと大東文化大学の過去問で出題された様子。『十訓抄』は世俗的な教訓をまとめた説話集です。

さて、そこで思ったのですが、この「菅三位」とは何者でしょう。問題の解説には「従三位・菅原文時(すがわら の ふみとき)」とありますが、菅原と言えば、菅原道真(みちざね)の名が思い浮かびます。道真も漢学の学識でもって朝廷に仕えた人ですから、恐らく一族でしょう。そこで調べてみると、道真の孫とのこと。道真は晩年は反逆者の汚名を着せられて太宰府に流されており、死後しばらく経つと、逆に祟りをなす神として恐れられるようになった、なかなか問題のある血筋なのですが、孫の代には既に、貴族としての地位を回復しているんですね。

ついでに調べたところによると、「菅原」という姓が誕生したのは道真の曾祖父、菅原古人(ふるひと)の時だそうです。それまでは「土師」を名乗っていたのを、居住地にちなんで「菅原」と改姓。この人の時から漢学に優れた家柄だったようで、ウィキペディアには「文章博士・大学頭を歴任し、侍読を務めた」とあります。「大学頭」は「大学寮」の責任者で、「大学寮」は官僚育成機関ですから(社会構造が違うので比較は出来ませんが……)昔の東京大学みたいなもんでしょうか。「文章博士」は、いわば文学部・史学部教授か、あるいは学部長か……つまり古人は東大総長・文学部・史学部長といったところでしょうか。「侍読」はエラい人の家庭教師です。このへんの職務は、この後、菅原家が独占します。

なお、ウィキペディアによれば古人は「学問以外の事には無頓着」で、きっと家族にマトモな生活をさせられない人だったのでしょう。「朝廷からの援助を受けていた」とのこと。そんなダメ人間の父を見て育ったせいでしょうか。古人の子、菅原清公(きよきみ)はしっかりした人だったようで、道真につながる、菅原家の繁栄を築きます。

というわけで、少しずつ菅原家の家系について、書き綴ってみようかと思います。
posted by FORWARD-ac at 14:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑学・教養

またまた間が空いてしまいました……

練馬から教育で世界を変える!
西武池袋線・石神井公園の個別指導塾FORWARD塾長、松尾直樹です。

なんと三ヶ月も更新を滞らせてしまいました……ふと気付くとこれです。お恥ずかしい。
途中、調べた事をまとめて記事を書こうと試みた事もあったのですが、調べ始めると奥が深すぎて、まとまらなくなってしまいました(汗)

しかし、生徒が読んでくれているらしいので、また書くようにしようと思います。今日は、とりあえずご挨拶まで。
posted by FORWARD-ac at 14:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ごあいさつ・漫談